ボランティアに頼る世の中って限界だって言われるけど、じゃあ一時期流行ったNPOってどうしようもなくないか?
SNSをやっていると、よく「東京オリンピックのボランティアの無償労働が云々かんぬん」って騒いでる若い人を見る。
あれなんか、ほぼ全員ボランティアと無償労働を勘違いしてるし(何を隠そう自分もだった)(交通費弁当支給は"無償"じゃないからね)、
実際に条件は過酷とは言え、スポーツの世界に憧れを持つ人は結構いてあれだけのイベントにはいくらだってエネルギーを割くだろうし、
スポーツ好きとしては、オリンピックのボランティアそのものはわりと楽観視してる。
ただ、やっぱり、このニュースに対する若い世代の反応を見てると、
すごく今の若者はお金にシビアだし、物事には対価が必要だって考えてる人は多いように思った。
話は変わるが、僕はニートになる前はざっくり言うと福祉業界のNPOで働いていた。
福祉といっても介護福祉、障がい者福祉、医療福祉、児童福祉、いろいろある。
自分も数か月で辞めてしまったし、自分の知ってる福祉産業以外はそこまでは詳しくないが、需要の高まりがあって、最近は他業種からの参入もあり競争が激しいというのは肌で感じた。
実は、福祉産業って、需要がめちゃくちゃあるのにも関わらず、財源が補助金というか税金というか社会保障に予算に頼る結構脆弱な産業だ。国や市町村がじり貧で社会保障にかけられる予算が減る中、なんとかして生き残ろうと努力しなければならない。
そのため、前職のような福祉専業でやってる小さいNPOは、生き残りをかけて事業の多角化を進めている。
1年ほど前だろうか。大手企業をやめてNPOに転身する女子、通称N女、ってのが新聞に載ってちょっとだけ持て囃されたのを記憶している。
でも、実際のところ、そんなエリートが意識高く社会貢献できるところなんて一握りで、
地元に密着したNPOができる「経営の多角化」は、「募金や宝くじの補助金に依存していた経営」を「物品寄付を前提とした自主財源を増やす」くらいなものだ。
前職は、地元の企業や行政からパソコンの無償寄付を受けていて、それがクルーシャルな一次資源になっていたが、
僕が企業の担当者だったら、怪しげなブローカーかなにかに売り付けて現金化するだろう。
個人の寄付も受け付けてたが、今の若い人は間違いなくジャンク屋さんに売るだろうし。
NPOって善意の寄付みたいなのに依存する傾向はあるけれども、
今のSNSから見える若者の現金主義の傾向からは逆行してる気がする。
前職も嫌いで辞めた訳じゃないし応援はしたいのだけれど、現実は厳しいものだ